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おばあちゃんの名前は「松本英子」。

個人的な話になりますが、

私の妻(台湾人)はおばあちゃん子。

妻のことをずっとかわいがってくれたおばあちゃんですが、
私が出会ったときは既に痴呆が進んでおり、
何度会っても「あなたは誰ですか?」と言われてしまう始末…

おばあちゃんは日本語教育世代で、
私が日本人とわかると
「私は松本英子です・・・」と日本語で自己紹介を始めるのがいつものパターン。

痴呆が進んで、周りの人のことは忘れていっても、
私の妻と(双子の)妹のことはいつまでも覚えているようで、
二人に会ったときに見せる満面の笑みがとてもいとをしく感じていました。


そんな状態がいつまでも続くわけはなく、
先日、(妻の)お母さんから一本の電話があり、
来週からおばあちゃんがおじいちゃんと一緒に
台北の施設に入ることになったとの知らせが・・・

ある程度覚悟をしながら、
一縷の望みを持って、おばあちゃんに会いに行ったのですが、
おばあちゃんの妻に対する接し方が
私に対する接し方と同じとわかった瞬間、全てを悟りました。
(妻の気持ちはお察しください。)

すると、おじいちゃんが
「おばあちゃんに日本語で話しかけてごらん。よろこぶから。」
と言うので、

妻が
「名前は何ですか?」
と日本語で聞くと・・・


妻のこともおじいちゃんのことも忘れてしまったおばあちゃんが



満面の笑みになり

「松本英子」

「松本英子です」

と自己紹介を始めた。


何度も何度も自分の名前を口にするおばあちゃんの姿を
私も妻も直視することができませんでした。


帰り道、
「おばあちゃん、うれしそうだったね」
という妻の言葉に

「そうだね。」
としか答える術がありませんでした・・・



おばあちゃんは私達のことを忘れてしまったかもしれないけど、
私達はおばあちゃんのことをいつまでも覚えているからね。


「松本英子」さん

DSC_2001.jpg


また二人で会いに行くね。



【 余 談 】
おばあちゃんの家の向かい(おばあちゃんの土地)には、
使われていない廃墟と化した事務所が今も残っています。
戦後日本の会社に貸して、家賃も支払われないまま廃棄物だけ残して去っていったそうです。

当時、どう思っていたかわかりませんが、
おじいちゃん・おばあちゃんの口から日本人の悪口なんて聞いたことないし、
むしろ、当時のことをうれしそうに話してくれます。

私(日本人)を迎え入れてくれて、本当にありがとうございます。







(日本統治時代を過ごした)年配の台湾人の方達が
なんで今も日本人にこんなに優しいのか?

台湾は常にどこかの国に統治されていて、
相対的に日本がよかった。
だから日本人に対してもいい印象が残っているという考え方が一般的で、
私も(なんとなく)そうだと思いますが、

どんな状況であれ、植民地化されていたことには変わりなく
少なからず差別はあったと想像できます。

それでも尚、なんでこんなに日本が、そして日本人が好きなのか?

それは「日本人だったから」

この事実以上に説明は要らないと思う。






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高雄市政府公認のゲストハウス『あひる家』です。

こちらのブログでは台湾南部(主に高雄)の観光に役に立つ情報を配信していきます。

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おいしい食べ物や観光地巡りだけでなく、
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